【連載】CS向上を科学する【CS向上を科学する:第127回】誤解「ESとCSはどちらが先か」公開日:2025.06.23

松井サービスコンサルティング
代表/サービスサイエンティスト
松井 拓己

前回、サービスプロフィットチェーン(以下SPC)というサービス経営モデルについて簡単に紹介しました。その図を見返すとわかるように、左から右に向かってES向上→CS向上→業績向上という流れが示されています。これを踏まえて、CSを高めたかったら、ESを先に高めないといけない、という考え方を重視して取り組んでいる企業があります。「ESが先、CSが後」従業員が会社から大切にされていると実感できなければ、顧客を大切にすることはできないというわけです。もちろん、そういった面はあるでしょう。しかし本当にESが向上したら、CSは向上するのでしょうか?

ESが向上してもCSが向上しない

 近年、SPCに関する518もの研究を総合的に分析し直した研究が行われました。その結果の中に、ES向上に取り組んだ企業で、本当にCSが向上するのかについても分析されています。すると結果は、ES向上のみに取り組んだ場合、ESが向上するほどに顧客ロイヤルティーを低下させる傾向があるとわかったのです。一体何が起きたのでしょう。
 たとえば従業員が顧客対応に追われて勤務時間が長くなっており、ESが低下している場合、勤務時間を改善することに企業として注力するでしょう。具体的には、「対応窓口の営業時間を限定して、時間外は顧客対応を行わないようにする」あるいは、「顧客からの相談は標準的なものへの対応のみとし、例外的な相談は全てお断りするようにする」など、顧客向けのサービスを制限するような策を講じる場合も少なくないでしょう。その結果、事業者の都合を優先する思考が強くなり、顧客ロイヤルティの醸成を妨ぐ可能性があると指摘されています。
 またこの場合、従業員満足の向上は仕事の生産性を高めるが、そこでできた余力が「顧客」に向けて活かされるのではなく、組織内の効率化や同僚への支援に偏ってしまう傾向もあります。すると、やはりES向上が顧客ロイヤルティの向上には繋がりにくくなるのです。このように、ESが向上すれば「自動的に」CS向上アクションに注力できるようになるわけではありません。SPCの図には、ES向上→生産性向上→顧客サービスの質の向上という流れが見て取れますが、実際のところは、「社内における」生産性向上と「顧客にとっての」サービスの質向上との間には大きな壁があり、ES向上にのみ熱心に取り組んでもこの壁は乗り越えられそうにないということでしょう

 もうひとつ興味深い調査結果を紹介しましょう。同一の小売チェーン209店舗の49,242名の顧客と1,470名の顧客接点を担う従業員の満足度データを用いて、「ESが高い組織」と「CSが高い組織」を対象に、それぞれの組織の「1年後」の状態を調べた研究があります。その結果は次のようなものでした。ESが高い組織において、1年後に、顧客からの満足度評価はさほど向上していませんでした。一方で、CSが高い組織においては、1年後、ESも向上している傾向が強かったのです。これは、「ESが向上すればCSが向上する」という考えと逆の結果となっています。ESが高いからCSが向上するのではなく、CSが高いからESが向上するということです。

ESとCSの間にある壁を突破するには

 重要なのは、自動的にES→CSと進めるわけではないということです。「ESが先」として社内サービスを充実しただけで、その組織でCS向上に取り組めるようになるか、CS向上の根深い問題が解決しやすくなるのかといえば、そうではありません。(下手すると、問題が根深くなる恐れも)
 ESとCSの間にある大きな壁を突破するカギは「従業員の事前期待」です。ES向上で生産性が向上し、できた余力を「顧客サービスに使いたい」と従業員が思えなければ、この壁は乗り越えられないでしょう。そのためには、先ほど取り上げた研究結果から、CS向上を通じてESを向上することにあります。 CSを通してESを向上するからこそ働きがいが高まり、これが更なるCS向上アクションへの「動機づけ」となり、成果への分岐点を突破するようなレベルの高いCS向上が実現するわけです。この「動機づけ」こそ、当連載の第125回で触れた「従業員の事前期待」というわけです。CS向上を通して、従業員に「もっと顧客に喜ばれる仕事がしたい」という、仕事に対する事前期待を形成することこそ、ESとCSの間の壁の突破口なのです。そして、第125回で触れたように、「顧客の」事前期待に応えるCSが、「従業員の」仕事に対する事前期待にも合致することで、仕事の中に「好き」や「得意」を生み出すことができます。こうなれば、現場がイキイキとサービスプロフィットチェーンを駆動してくれるようになり、事業成長が加速していくのです。

 SPCはサービス経営のモデルではありますが、あくまでも「結果の連鎖」の要素が強いです。この結果の連鎖を生む源流はどこにあるのかといえば、「事前期待の的」をどう見定めるかにかかっているとおわかりいただけたでしょうか。だからこそ、当連載では一貫して顧客の事前期待にフォーカスしてきました。そこに、事前期待のもう一人の持ち主である「従業員の事前期待」を掛け合わせることで、現場と一体となって事業成長を加速するサービス経営モデルが動き始めます。

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<筆者プロフィール>

松井 拓己
(Takumi Matsui)  

松井サービスコンサルティング  
代表
サービス改革コンサルタント
サービスサイエンティスト

サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。
著書:価値共創のサービスイノベーション実践論(生産性出版)、日本の優れたサービス2~6つの壁を乗り越える変革力~(生産性出版) ほか


▼ホームページURL/サービスサイエンスのご紹介
http://www.service-kaikaku.jp/



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