【連載】CS向上を科学する 【CS向上を科学する:第125回】「従業員」の事前期待公開日:2025.05.08
松井サービスコンサルティング
代表/サービス改革コンサルタント
松井 拓己
CSやサービスの本質は「事前期待」にある、として当連載で一貫して取り上げてきました。顧客の事前期待の的をモデル化して、価値を高め、事業の成長や進化をドライブしようとする、これまでの記事を読んでいただきながら、従業員のイキイキとした活躍がイメージできたでしょうか。
日本経済は今、人口減少の課題に直面しています。それは、2015年に比べて2045年までに総人口が16%減少するという「顧客の」減少と、生産年齢人口が28%減少するという「従業員の」人手不足・採用難のダブルパンチです。この影響で日本の企業数は2015年の約400万社から2040年までに約300万社弱まで減少するという推計があります。なんと4社に1社が消失するというのです。顧客だけでなく、「従業員からも選ばれ続けなければならない」という危機感とともに、今回は従業員の事前期待に目を向けます。従業員の事前期待を解像度高く捉えたり、それをモデル化して採用や育成、エンゲージメントに活かしている企業はまだまだ少数です。
事前期待のクロスポイントをつくる
手始めに、これまで着目してきた「顧客の」事前期待に、今回のテーマである「従業員の」事前期待をクロスしてみましょう。横軸に「顧客の」事前期待にマッチしているかどうかを置きます。サービスの定義「人や構造物が発揮する機能の中で、事前期待に適合するものをサービスと言う」に照らし合わせれば、顧客の事前期待にマッチしているものはサービスであり、ミスマッチであればもはやサービスではありません。縦軸には「従業員の」事前期待にマッチしているかどうかを当てはめてみます。すると、仕事の意味合いが浮かび上がってくるでしょう。それは図にあるように、AからDの4つに分類できます。

顧客の事前期待にも、従業員の事前期待にもマッチしているのが、Aタイプの仕事です。 ここでは、顧客の事前期待に応えることで、感謝されたり、事業成果に結びつくといった成功体験が生まれています。これが、従業員の事前期待にもマッチしていることで、モチベーションにつながり、さらに顧客の事前期待に応えようとする行動の原動力になります。このアクションが、さらなる手ごたえや成果に結びつき、サービスの価値やCSと従業員のモチベーションが好循環で向上していくこととなります。
このように、顧客と従業員の事前期待が交差するクロスポイントから、「好きな仕事」や「得意な仕事」は生まれてくるのです。好きなことを仕事にするのは難しくても、仕事の中に好きや得意を作ることはできます。当連載で取り上げてきたサービスモデルの中に、このクロスポイントを作り、そして広げていくことができれば、現場の生き生きとした活躍とともに、サービスの価値やCSの向上はパワフルに加速していきます。
ミスマッチはサービスモデルの伸びしろ
他の領域も見てみましょう。Bタイプの仕事は、顧客の事前期待にはマッチしているものの、従業員の事前期待にミスマッチな仕事です。 これは、顧客が価値を感じている一方で、従業員はそれを歓迎していない状況です。例えば、安売りキャンペーンによって顧客が喜んでいる一方で、現場は忙しさで疲弊している。事業も利益が薄くて消耗してしまいます。このような「自己犠牲な仕事」によって、CSを高めようとする企業は、案外多いものです。これでは従業員は去っていき、事業も衰退してしまいます。コロナ禍を経て、顧客と従業員の関係性を見直して自己犠牲のサービスやCS向上から卒業するために、サービスをモデル化する企業が増えています。
続いてCタイプの仕事は、先程のBタイプと正反対で、従業員の事前期待にはマッチしている一方で、顧客の事前期待にミスマッチな仕事です。 例えば、業務が多忙なため、顧客からの問い合わせや相談を受け付ける時間を制限する企業があります。その時間を1分でも過ぎたら「明日の営業時間内に連絡し直してください」と。あるいは、顧客からの問い合わせや相談に対して「それは我々の仕事ではありません」と言わんばかりの塩対応をしているケースも。これは従業員や事業の都合を優先し、それを顧客に押し付けようとする「自己都合な仕事」と言えるでしょう。他にも、業績向上のために、自分たちが売りたい内容を一方的に顧客にぶつける提案活動も、これに該当します。顧客価値を犠牲せずに生産性を高めるサービスモデルが設計できなければ、事業を持続的に成長させるのは難しいでしょう。
そして、Dタイプは顧客の事前期待にも、従業員の事前期待にもマッチしていない「やらされ仕事」です。 顧客からの感謝もなければ、従業員のやりがいを感じにくい仕事と言えます。もちろんこのタイプの仕事の中には、業務上誰かがやらなければならない作業も含まれます。顧客からは叱られる事はあっても褒められないような仕事もあるでしょう。この領域は人が担うのではなく、仕組み化する企業が増えています。人はなるべく付加価値業務に特化し、ルーティン作業は自動化や仕組み化しようと言うものです。わかりやすいDXの事例が多い領域でしょう。ここにビジネスチャンスを見出した企業では、この手の業務を一手に担うことで付加価値化するような新しいサービスビジネスに乗り出しています。
日本サービス大賞を受賞した企業など、今の時代に人が集まり、活躍し、ビジネスが躍進している事業を分析してみると、顧客の事前期待と従業員の事前期待が結びついて、価値共創が加速するモデルが浮かび上がります。当連載では今後も、この「従業員の事前期待」という観点を織り交ぜていきたいと思います。
松井氏が講師を務めるイベント情報
「サービスとCSの本質を科学する」セミナー
~リ・プロデュースとステージアップ~(6/18(水)開催)
サービスやCSを「リ・プロデュース」し、新たな価値を生み出しませんか?
これまで築き上げてきたサービス事業やCS活動をステージアップするために、シンプルな理論と手法を用いて、付加価値型のサービスをモデル化します。また、取り組みの道しるべとして、6つの壁(顧客不在、建前、闇雲、実行、継続、情熱の壁)についてもお話します。
<筆者プロフィール>
松井 拓己
(Takumi Matsui)
松井サービスコンサルティング
代表
サービス改革コンサルタント
サービスサイエンティスト
サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。
著書:価値共創のサービスイノベーション実践論(生産性出版)、日本の優れたサービス2~6つの壁を乗り越える変革力~(生産性出版) ほか
▼ホームページURL/サービスサイエンスのご紹介
http://www.service-kaikaku.jp/