【連載】CS向上を科学する【CS向上を科学する:第126回】サービスプロフィットチェーンの誤解と課題公開日:2025.06.06

松井サービスコンサルティング
代表/サービスサイエンティスト
松井 拓己

 サービスの経営や事業マネジメントの質を高めようと努力している企業は多いことでしょう。そこでよく参考にされているのが今回取り上げる「サービスプロフィットチェーン」です。これは1994年にハーバードビジネススクールの名誉教授ジェームズ・ヘスケットらによって提唱されました。図のように、サービス事業において売上や収益向上を生み出すためのメカニズムが示されています。このチェーンの矢印を左から順に追っていくと、従業員向けの内部サービスを充実させて、従業員満足(ES)が向上すれば、従業員のロイヤルティと生産性が高まります。これによって顧客向けサービスの価値向上が推進されて顧客満足(CS)向上が顧客ロイヤルティに繋がります。そして事業の売上と収益性が向上して事業成長に結びつきます。ここで生まれた収益を、顧客からの評価と共に社内にフィードバックすることで、さらにこのサイクルを回していこうというものです。

 「ごく当たり前のことが描かれているじゃないか」と思うかもしれませんが、実はそうではありません。複雑なサービス経営の要素を、どの企業でも当てはまるように概念化しているので、この図を眺めていても有益な気付きは得られないかもしれません。サービス経営やマネジメントのレベルアップに活かすには、一歩踏み込んで理解する必要があります。そしてそこには、サービスプロフィットチェーン活用企業が陥るいくつかの「誤解と課題」があります。それを解かなければ、このメカニズムは正しく駆動しないでしょう。

課題その1:結果の連鎖を生み出す「源流」を捉える

 サービスプロフィットチェーンが「結果の連鎖」にしか見えない。これが、企業で実践する上での大きな課題の1つです。言うまでもなく、結果を良くするためには「原因」にアプローチしなければなりません。その原因の源流はどこにあるのでしょうか。
 例えば顧客満足から右に矢印が伸びて顧客ロイヤルティ、そして売上と収益性に繋がっています。これは、顧客満足が向上したら、「自動的に」顧客ロイヤルティが向上するという意味で捉えがちですが、そうではありません。顧客満足が向上しているのにリピートや紹介が増えないと悩んでいる企業は、顧客満足のボックスから右に伸びる「矢印に潜む壁」にぶつかっています。当連載で何度も取り上げたように、顧客満足には種類があります。大満足(しかも、感情的な理由の大満足)でなければ、顧客ロイヤルティから事業成果へ矢印を進めることはできないのです。以前取り上げたように、「やや満足」の97%がリピートや推奨に繋がらない可能性がある、という調査結果もあります。「やや満足」や「論理的な理由の大満足」では、顧客ロイヤルティを醸成して事業成果を生み出すことは難しいのだと心得なければなりません。では、ひとつ左に戻って、どんな「サービス価値向上」に取り組めば、大満足や感情的な大満足が得られるのか?そのための事前期待の的を見定めてサービスをモデル化すべし、というのが当連載のメッセージです。このように、サービスプロフィットチェーンの一つ一つの「要素」、あるいは要素同士を繋ぐ「矢印」に踏み込んで考えると、結果の連鎖を生む源流は、事前期待の的をどう見定めるかにあると分かります。だからこそ、この連載では一貫して顧客の事前期待にフォーカスしてきたというわけです。そして前回、なぜ急に「従業員の」事前期待にフォーカスしたかといえば、サービスプロフィットチェーンのもうひとつの源流が、そこにあるからです(前回のコラムはこちら:第125回「従業員」の事前期待)。図の左側、社内サービス向上→ES向上→従業員のロイヤルティと生産性の向上をドライブする源流です。

誤解その2:「ESが先、CSは後」は本当か?

 「ESとCSはどちらが先ですか?」と、よく聞かれます。その答えは、この質問の裏側にあるモヤモヤと共に解きほぐす必要があります。CSを高めたかったら、ESを先に高めないといけない。このような考え方を重視して取り組んでいる企業があります。「ESが先、CSが後」従業員が会社から大切にされていると実感できなければ、顧客を大切にすることはできないというわけです。この考え方の元になってるのもサービスプロフィットチェーンです。図を見返すと分かるように、左から右に向かってES向上→CS向上→業績向上という流れが示されています。左端をスタート地点とすれば、「ESが先、CSが後」と読み取れます。しかし、ここにいくつかの誤解と壁が潜んでいることが明らかになりました。ESが向上したら、本当にCSは向上するのか?次回はこの問いと向き合いたいと思います。その中で、前回登場した「従業員の事前期待」にフォーカスする重要性も明確になることでしょう。

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<筆者プロフィール>

松井 拓己
(Takumi Matsui)  

松井サービスコンサルティング  
代表
サービス改革コンサルタント
サービスサイエンティスト

サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。
著書:価値共創のサービスイノベーション実践論(生産性出版)、日本の優れたサービス2~6つの壁を乗り越える変革力~(生産性出版) ほか


▼ホームページURL/サービスサイエンスのご紹介
http://www.service-kaikaku.jp/



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