【連載】CS向上を科学する【CS向上を科学する:第136回】「得点型」業務標準をつくる ~価値の再現性がビジネス成長を加速する~公開日:2026.07.07

松井サービスコンサルティング
代表/サービスサイエンティスト
松井 拓己

多くのビジネス現場において、「業務標準」という言葉は、効率化やミス防止、コスト削減のためのツールとして捉えられがちです。受付の正確さ、納期の厳守、不備のない書類作成など、これらは確かに重要ですが、現代の市場において「ミスのないオペレーション」だけで競争優位を築くことは困難になっています。
今日の顧客が求めているのは、単に「問題がないこと」だけではありません。「またこの会社と取引したい」「次はあの人を紹介しよう」「今日は本当に助かった」といった、顧客の感情を動かす体験を提供できるかどうかが、リピート率や紹介、そして最終的な収益を左右する時代となっています。
これからの経営に求められるのは、ミスをゼロにする「失点を防ぐ運営」を維持しながら、顧客満足を積み上げる「得点を獲得する運営」への転換です

「失点防止型」標準化の限界

従来の業務標準の多くは、「失敗を減らす」ために設計されてきました。クレーム回避、オペレーションの均一化、新人の早期戦力化などがその代表例です。最低限の品質を安定させることは経営の前提条件ですが、ここには明確な限界があります。
例えば、「注文通りに商品が届く」「窓口で待たされない」「質問に正しく回答される」といった要素は、顧客にとっては「当たり前」のことであり、完遂しても評価は「±0」です。これだけでは、顧客に強い感動や印象を与えることはできず、ビジネスとしての「差別化」も生まれません。プラスの価値、すなわち「選ばれる理由」は、ゼロ点を超えた先のプラスアルファの領域にこそ存在するのです。

「得点獲得型」業務とは何か

得点獲得型業務とは、「顧客にとって価値ある体験を、現場が意図的に創出する行動」を指します。 具体的には、過去の利用履歴に基づいたパーソナライズされた提案、顧客の状況を察した先回りのサポート、トラブル時の誠実かつ工夫のある対応などが該当します。こうした行動の一つひとつが、顧客に「大切にされている」「ここは気が利く」という実感を与え、再利用の意向に直結します。
ここで重要なのは、自社の価値を再定義することです。ビジネスは単に「モノ」や「機能」を提供しているのではなく、顧客が対価を支払っている真の対象は、その先にある「成功体験」や「安心感」、「高揚感」といった「体験価値」そのものです。したがって、あらゆるビジネスは「サービス体験を設計する事業」であると捉え直す必要があります。

なぜ「得点」の標準化は難しいのか

多くの経営者が現場の気遣いの重要性を理解しながらも、その標準化に踏み切れないのには、3つの障壁があります。

  1. 言語化の欠如: 優秀なスタッフは無意識に状況を判断しており、そのコツが言葉になっていないため、組織内で共有されません。
  2. 「センス」という誤解: 価値創出は個人の才能と思われがちですが、サービスサイエンスの視点では「事前期待の把握と対応」という論理的なプロセスとして分解可能です。
  3. 評価の難しさ: 売上などの数値に比べ、顧客の「心地よさ」は目に見えにくいため、投資や教育が数値化しやすい効率化(失点防止)に偏ってしまいます。

得点型業務標準を設計する5つのステップ

サービス価値は、提供側が何をしたかではなく、「顧客が抱いていた期待(事前期待)に対して、どう応えたか」によって決まります。得点型業務標準は、単なる接客マニュアルではなく、以下のステップで進める「顧客体験の設計図」です。

  • ステップ1:事前期待の特定
    各接点において、ターゲット顧客が何を期待しているのか、特にどの期待を満たすことが満足度を大きく左右するのかを明確にします。
  • ステップ2:顧客体験の分解
    最初の接点からアフターフォローに至るまでの全体像を把握し、場面ごとの顧客の事前期待を整理します。
  • ステップ3:得点ポイントの抽出
    期待が満たされた際、顧客に「感動」や「信頼」を与える決定的な場面を特定します。
  • ステップ4:行動の具体化
    「誠意を持つ」といった抽象的な精神論ではなく、「△△のプロセスでは、具体的に〇〇をする」といった、誰でも実行可能なレベルまで行動に落とし込みます。
  • ステップ5:判断基準の設計
    得点型業務は状況に依存するため、現場が迷わないための「ものさし」を整理します。

「管理徹底」から「権限移譲」へ

運用の際、最も注意すべきは、失点防止型と得点獲得型ではルールのあり方が全く異なる点です。 失点防止型の標準(会計処理や基本ルールなど)は「必ず守る」ことが正義ですが、得点獲得型の標準を同じように強制すると、サービスは機械的になり、顧客は不自然さを感じてしまいます。
そのため、「現場への権限移譲」が不可欠です。得点型業務標準は、スタッフを縛る「ルール」ではなく、進むべき方向を示す「ガイド(道標)」として機能させます。組織としての価値の方向性を示した上で、最終的な判断は現場に委ねることで、スタッフの創意工夫が活かされるようになります。

導入がもたらすインパクト

得点型業務標準の導入は、以下のようなポジティブな変化をもたらします。

  • リピート率の向上: 顧客は「問題がなかった場所」ではなく、「自分の期待が満たされ、気持ちよかった場所」を再選します。
  • 価格競争からの脱却: 独自の体験価値を提供できれば、他社と比較されない「共創優位」の状態を築けます。
  • 人材育成の加速:ベテランのノウハウが言語化されることで、若手が価値創出の面白さを早期に実感し、定着率も向上します。

これからのビジネスにおいて、業務標準は「守りの仕組み」から、「顧客の事前期待に応え、価値を創出するための攻めの仕組み」へと昇華させなければなりません。「標準で道を示し、現場の創意工夫で得点を稼ぐ」。この設計思想こそが、真の競争優位の源泉となります。

この「得点型業務標準」をあなたの会社でも作成してみませんか?まずは特定の顧客接点からスモールスタートすることをお勧めします。

みなさまの声をお待ちしています

いつもコラムをご覧いただき、ありがとうございます。
今後、皆さまの関心やお悩みにさらに寄り添った内容をお届けしていきたいと考えています。

「こんなテーマを取り上げてほしい」「相談したい」「コラムの感想を伝えたい」など、
皆さまの声をぜひお寄せください。現場での気づきや課題感も大歓迎です。

▼ご意見・ご感想はこちら

https://forms.office.com/r/R4h9dZETrE

松井氏執筆の新刊「事前期待~リ・プロデュースから始める顧客価値の再現性と進化の設計図~」の詳細はこちら

「事前期待」という顧客の目に見えない期待に光を当て、ビジネス価値を飛躍的に高める手法を体系化した実践書。300以上の事業支援経験をもとに、あらゆる業種で活用できる思考法とツールを体系化。属人的な対応から組織的な価値創出へ――変化の時代にこそ読んでおきたい一冊です。 

●著者:松井 拓己
●協力:サービス産業生産性協議会
●発行:生産性出版
●発売:2025年10月20日
●価格:2,640円(税込)

書籍のご注文はこちら  

松井氏が講師を務めるプログラム情報

【120分・入門セミナー】
「サービスとCSの本質を科学する」入門セミナー
 ~リ・プロデュースとステージアップ~

サービスやCSを「リ・プロデュース」し、新たな価値を生み出しませんか?
これまで築き上げてきたサービス事業やCS活動をステージアップするために、シンプルな理論と手法を用いて、付加価値型のサービスをモデル化します。また、取り組みの道しるべとして、6つの壁(顧客不在、建前、闇雲、実行、継続、情熱の壁)についてもお話します。

▼セミナーの詳細・お申込みはこちら

https://www.jpc-net.jp/seminar/detail/007245.html


【1DAY・実践ワークショップ】
「サービスとCSの本質を科学する」実践ワークショップ
 ~1日で学ぶ!サービスサイエンスの5つのフレームワーク~

300社以上が活用する「サービスとCSの本質論と実践手法」を通じて、属人的な経験や場当たり的な手法に頼らず、どの企業でも再現性のあるサービスサイエンスを実践いただきます。サービスサイエンスの「5つのフレームワーク」を実際に活用しながら、自社のサービスビジネスや、CS・CXの伸びしろを見出していただきます。

▼セミナーの詳細・お申込みはこちら

https://www.jpc-net.jp/seminar/detail/007313.html


顧客満足向上(CS向上)のための魅力的サービスの標準化支援プログラム

顧客満足(CS)向上につながる「魅力的サービス」を、属人化させずに組織で再現・展開できる状態を目指します

  • 顧客にとっての基本サービスを安定して提供するだけでなく、 期待を超える「魅力的サービス」 を明確にする
  • 優秀な従業員の工夫や好事例を見える化し、 属人的な対応を再現可能な仕組みへ変える
  • 現場ごとのばらつきを抑えながら、 多店舗・多拠点でも展開できる標準と判断基準 を整える

本研修では、単に「当たり前の品質」をそろえることだけを目指すのではなく、 顧客の期待にどのように応えることで大満足が生まれるのか を整理し、現場で実践しやすい形へ落とし込みます。
 
そのうえで、魅力的サービスを支える行動、判断基準、展開の方法を設計し、 組織として継続的に実践・改善できる状態 をつくることを目的としています。
 
自社の課題や現場の状況に応じて内容を設計するオーダーメイド形式で、実践につながる支援を行います。

▼詳細はこちら

https://www.jpc-net.jp/seminar/inhouse/detail/008109.html


<筆者プロフィール>

松井 拓己
(Takumi Matsui)  

松井サービスコンサルティング  
代表
サービス改革コンサルタント
サービスサイエンティスト

サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。
著書:価値共創のサービスイノベーション実践論(生産性出版)、日本の優れたサービス2~6つの壁を乗り越える変革力~(生産性出版) ほか


▼ホームページURL/サービスサイエンスのご紹介
http://www.service-kaikaku.jp/



PAGE TOP