【連載】CS向上を科学する【CS向上を科学する:第131回】(新刊)事前期待 第2部 進化を鼓舞する ― より ~事前期待の進化とマネジメント~公開日:2025.11.28

松井サービスコンサルティング
代表/サービスサイエンティスト
松井 拓己

 現在の価値を高いレベルで再現する「リ・プロデュース」(深度0)を越え、次の成長ステージへと進むことが不可欠です。新刊『事前期待~リ・プロデュースから始める顧客価値の再現性と進化の設計図~』の第2部は、顧客の期待の「動き」に着目し、それを「整え」(深度2)、「進化」させる(深度3)。このアプローチは、現状の延長線上にある殻を破り、顧客価値の進化とビジネスの成長をドライブするための挑戦となります。

事前期待のマネジメント(深度2:整える)

 顧客の満足や良い経験が積み重なると、事前期待は際限なく膨らんでしまうという問題があります。これは、サービス提供側から見ると、顧客が「どこまでもできるだろう」という期待(CSどこまでも問題)を抱き、その結果、現場の疲弊や過剰サービス(ムリ)を生み、最終的にサービスそのものが破綻するリスクをはらんでいます。

 これまでの価値向上の取り組みは、「顧客の期待を超えろ」という「心掛けのCS」に頼る部分が大きく、個人に依存している限り、その価値向上には限界があります。もし現在の取り組みに「限界」を感じているならば、それはこれまでの取り組みが成熟したと言えるでしょう。
この膨らみ過ぎた期待に対処するために必要なのが、事前期待の「サイズ」を適切に冷ますマネジメントです(深度2)。最も重要な転換点は、事前期待の「サイズ」(期待の大きさ)に着目した標語から、「意味」に着目することへの焦点シフトです。事前期待の「サイズ」から「意味」へとフォーカスし直すことで、「何をしたら良いか」「どこまでやったら良いか」という現場の悩みが明確になり、価値の設計図が具体的に浮かび上がります。

 これにより、組織全体として、何をすべきか、どこまで対応すべきかという的(目標地点)が定まるため、個人の「心掛けのCS」から脱却し、組織的かつ高精度に価値を生み出し続ける「再現性」の土台が築かれます。

事前期待マネジメントの実践

 事前期待のマネジメントは、業務の効率化や負荷軽減だけでなく、サービス進化や価値共創の精度を高めるためにも重要です。具体的に事前期待を「整える」アプローチは、顧客からの期待を制御し、失望を未然に防ぐために役立ちます。例えば、飲食店が「ただいま15分待ち」と表示することで、待ち時間に対する顧客の期待を事前に管理し、顧客が「これくらいなら待てる」と納得したうえでサービス利用を開始できるようにします。また、後から注文した顧客に先に料理を提供する場合、待っている顧客に対して「順序が前後して失礼いたします」と声をかけ、状況と配慮を伝えることも、事前期待を適切に管理する工夫です。

 このように、膨らみ過ぎた期待を適正なサイズに冷ますことで、顧客は安心してサービスを利用でき、同時に提供者側は業務の効率化や負荷の軽減を図ることができます。この深度2のアプローチは、最小限の努力で最大の成果を得るための「羅針盤」を使いこなすための一環です。

事前期待の進化(深度3:進化)

 事前期待のマネジメント(深度2)によってサービスを安定化させた後、次に目指すべきは「進化」のステージです。顧客から継続的に選ばれ続けるためには、単に現在の期待に適応して応えるだけでは不十分であり、顧客と共に価値を創造し、事前期待自体を進化させていく必要があります。そこで、進化の目標地点となる事前期待を見つけるための観点をいくつか紹介します。

・諦めている事前期待を掘り起こす
 顧客が心の中で「さすがにこれは期待しすぎだ」「満たされなくても仕方がない」と諦めてしまい、我々に積極的に要望として伝えてこない事前期待に注目するアプローチです。この「諦めている事前期待」を的とすることで、他社にはない高い顧客価値を生み出すことができます。

・事前期待の交換条件を考えてみる
 価格競争やスペック競争から脱却し、高い価格でも選ばれ続けるサービスに進化させるためには、高価でも選ばれる理由となるような事前期待を見定める必要があります。

・さまよえる事前期待(未開拓の価値領域)に居場所を与える
 顧客が漠然と抱いているものの、既存のサービスでは満たされていない、あるいは満たされる場所がない「さまよえる事前期待」に焦点を当てるアプローチです。その多くは、"セルフサービス"として、顧客自身の努力によって満たされていることが多いものです。

・事前期待の時間軸を拡張し、未来形の事前期待に着目する
 顧客の未来の成功や理想の姿に貢献することを目標に、その実現を妨げる目先の誘惑や葛藤(事前期待の葛藤)を乗り越えるサービス設計を行うアプローチです。カスタマーサクセスの考え方とも通ずるところがあります。

 ちなみに、事前期待の進化は顧客の行動変容と深く結びついています。顧客は「健康でいたい」という未来形の事前期待を抱きながらも、目先の「楽をしたい」「後回しにしたい」という葛藤を常に抱えています。進化を促すサービス設計とは、この葛藤を乗り越え、顧客の未来形の期待を鼓舞し、望ましい行動へと変容させるプロセスを支援することです。行動変容のサポートは、単に機能を提供する(機能サポート)だけでなく、顧客の実際の行動に働きかけ、それを実現させる(行動サポート)二重構造を持つ傾向があります。このプロセスを通じて、顧客体験が進むほどに新たな事前期待が立ち上がり、価値共創が深まっていきます。

進化の設計図と再現性

 進化の目標地点としてモデル化する事前期待の的は、時間の経過とともに「独自性」と「必然性」を帯びて躍動し始めます。進化を遂げられる企業は、たとえ「まぐれ当たり」で新しい価値が生まれたとしても、それを一過性のものにせず、次は狙って実現できるようにモデル化し、進化の種を育てます。
 進化のステップを設計するにあたっては、現在のサービス提供領域(現在地)から、未来の価値提供領域(目標地点)へ向けて、段階的な挑戦を組み込みます。この設計図を描くことで、他社との比較競争に陥らず、顧客と共に価値を創造し続けるための道筋が組織全体で明確になります。

 事前期待のマネジメント(深度2)と進化(深度3)は、組織が属人的な対応の限界(深度0/1)を越え、持続的な成長を実現するための羅針盤となります。
 深度2が期待の適正化を通じて安定した基盤(土台)を築く一方で、深度3は期待の質的な変化を促し、未開拓の価値領域へと踏み出します。この両輪を回すことで、企業は、過当競争の土俵から離れ、顧客との深い信頼関係を築きながら、事業成長を加速することができるのです。これは、単に顧客のニーズに対応するだけでなく、顧客自身がまだ気づいていない、あるいは諦めている真の期待を発掘し、形にするための挑戦でもあります。

松井氏執筆の新刊「事前期待~リ・プロデュースから始める顧客価値の再現性と進化の設計図~」の詳細はこちら

「事前期待」という顧客の目に見えない期待に光を当て、ビジネス価値を飛躍的に高める手法を体系化した実践書。300以上の事業支援経験をもとに、あらゆる業種で活用できる思考法とツールを体系化。属人的な対応から組織的な価値創出へ――変化の時代にこそ読んでおきたい一冊です。 

●著者:松井 拓己
●協力:サービス産業生産性協議会
●発行:生産性出版
●発売:2025年10月20日
●価格:2,640円(税込)

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<筆者プロフィール>

松井 拓己
(Takumi Matsui)  

松井サービスコンサルティング  
代表
サービス改革コンサルタント
サービスサイエンティスト

サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。
著書:価値共創のサービスイノベーション実践論(生産性出版)、日本の優れたサービス2~6つの壁を乗り越える変革力~(生産性出版) ほか


▼ホームページURL/サービスサイエンスのご紹介
http://www.service-kaikaku.jp/



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