サービス産業の「業務仕組み化」

2.「MUJIGRAM」を開発した無印良品・松井元会長インタビュー

SERVICE INNOVATION REPORT(サービス イノベーション レポート)vol.1
Oct.2015
 

特集 「仕組み化」が可能にするサービスの質と生産性の両立

 
 
 
 
 
 
 
 
松井オフィス代表取締役社長 / 良品計画元会長
サービス産業生産性協議会(SPRING)副代表幹事
松井 忠三氏
 
市場や社会構造が刻々と変化する中、サービス産業の「生産性向上」は日本の経済を支えるうえでも大きな課題だ。
 
その解決のヒントとなり得るのが、サービス産業生産性協議会(SPRING)で研究を進める業務の「仕組み化」である。「見える化」でも「標準化」でも解決できない課題を突破する「仕組み化」には、どのような特徴があるのだろうか。
 
サービス産業における「仕組み化」の第一人者である、松井忠三氏・松井オフィス代表取締役社長/良品計画元会長のコメントを交えながら、その可能性を探る。
 
 
今やGDPのおよそ8割を占め、日本の主幹産業ともいえるサービス産業。今後の市場の変化や労働力人口の減少なども踏まえると、サービス産業の「生産性向上」は重大な課題である。しかし現状を見る限り、この業界の生産性は、高いものとは言い難い。
 
サービスの内容やビジネスモデルによる多少の違いはあるが、労働生産性が上がりにくい背景には、サービスの特性(図1)がある。これらの特性により、仕事が「見えない」、誰もが同じように「徹底できない」、そして「改善を積み上げにくい」といった問題を引き起こしている。さらに、人材の流動化や育成の効率化の必要性、ニーズの多様化などが、これらの問題を、より複雑かつ深刻なものにしている。
 
(図1)サービスの特性と課題
無形性
サービスは機能または活動である。コトではあっても物理的なモノではない。無形であるから、作り置きや在庫をすることができない。
異質性
均一のサービスを得ることは難しいことを表す。モノ製品の場合は、顧客と同じ製品をいくつでも作り、提供することができる。しかし、労働集約的なサービスでは、提供者や状況に応じて違ったサービスが提供される。
同時性
サービスは価値生産的な活動ではあるが、そうした活動は受け手に直接、働きかけられる。その場合、サービスの生産と消費は同時に行われる。さらに、生産と消費が同時でなくてはならないために、サービスの生産に時間と場所の特定性が生じる。
消滅性
サービスは活動であることから、貯めておくことができず、生産と同時に消滅してしまう。
近藤孝雄『サービス・イノベーションの理論と方法』(2012)より作成      
 
これまで、多くの企業は「見えない」「徹底できない」という問題に対し、さまざまな策を講じてきた。例えば、時間や金額でサービスを定量化したり、役割を明確にするなどの「見える化」、手順を明らかにして誰もが同じ動きができる「標準化」などだ。具体的には、KPIの設定やマニュアルの策定が挙げられる。
 
だが、これらの手法に異を唱える人物がいる。松井忠三氏・松井オフィス代表取締役社長/良品計画前会長である。松井氏は、KPIやマニュアル主導の運営の問題を、こう語る。
 
「例えば、KPIは目の前の数字を追うことで近視眼的になり、重要だが緊急ではない課題の解決を後手に回してしまいがちです。また、マニュアルも更新しなければすぐに陳腐化し、市場に合わないサービスを提供することになりかねません。」(以降赤字:松井氏)
 
「何より、KPIやマニュアルに縛られ過ぎると、スタッフ一人ひとりの創意工夫が失われる、全社で共有すべきよいアイデアがあっても埋もれるなど、スタッフの主体性を奪いかねないという懸念があります。これでは、サービスの向上、ましてや生産性向上はとても望めません」
 
では、どうすればよいか。そのヒントとなるのが、良品計画が運営する基幹ブランドである『無印良品』で、松井氏の旗振りのもと2004年に本格導入された『MUJIGRAM』という店舗向けの業務基準書とその運用方法である。詳細について、さっそく見てみよう。
 

再現性の高い業務基準と目的理解を強化した『MUJIGRAM』

店舗のさまざまな業務をまとめた『MUJIGRAM』は、A4サイズのバインダーによる運用が基本だ。全部で13冊。「売場に立つ前に」や「売場作り」などのテーマに分かれ、そのボリュームは全部で約2000ページにものぼるという。バインダーを使うのは、ページの追加や削除、変更などで、随時差し替わることが前提となっているからだ。
 
全冊共通のフォーマットを使用し、手順の他、“どこで”“誰が”“どのくらいの時間をかけて”行うかが明記されている。例えば「品出し」なら、「売場」で「スタッフ」が「90分を目安」に、といった具合だ。その他、「商品は両手で丁寧に扱う」「1つの棚の品出しを終わり次第、床面にゴミが落ちていないかを確認し、次の棚に移る」など、作業時の注意点も、平易な言葉で具体的に書かれている。文章ではわかりにくいマネキンのコーディネートなどは、写真入りの解説でフォローする。
 
「現状や現象をさまざまな角度から分析し、現場に即した内容にします。仮に、店舗運営に欠かせない業務の中に“経験や勘”に頼っているものがあったとしたら、その業務で生じる動作の背景や判断の根拠を明確にし、属人的な要素を排除する必要があります」
 
これにより、アルバイトスタッフも初日から店頭に出られるようになるなど、スタッフの経験に左右されずに安定したサービスを提供できるようになった。
 
しかし、業務手順を並べるだけではいわゆるマニュアルと変わりはない。『MUJIGRAM』が従来のマニュアルと異なるのは、それを行う“目的”の理解を重視している点にある。
 
「本来、業務の一つひとつには企業の理念や価値観が反映されているはずです。ですから、業務そのものの理解以上に“何のためにそれを行うのか”をスタッフ全員が理解していることが必要なのです」
 
これを明らかにすることで、スタッフ全員が共通の目的意識を持ってそれぞれの業務を行うことができる。また、もしも今の基準書に提示された手順が顧客ニーズに応えるには不十分だというのであれば、“何のために”という目的を優先し、よりよい方法をスタッフが考えるようになるはずだ。そこで、『MUJIGRAM』ではイントラネットを使い、スタッフからの業務基準書の改善を随時受け付ける制度を設けている。
 

年間更新率は12% 創意工夫を引き出す血の通ったマニュアル

業務基準の改善を提案する際は、店長に報告後、スタッフがイントラネットに投稿する。その内容を店舗統括にあたるエリアマネージャーが全体最適の観点で検討した後、本社に提出する。会議で提案を吟味し、改善案が採用されると、その内容を盛り込んだ新たなシートが全店に配布される。
 
「すなわち、全店規模でPDCAサイクルを回している状態です。かつ、全従業員に業務基準が100%浸透することが重要です。そのためにはまさに“実行力”が問われます。」
 
現在、現場からの改善提案の数は年間およそ2万件。以前は手書きの提案書を用いていたが、イントラネット経由で提出できることで、爆発的に提案数が増えた。
 
「『MUJIGRAM』の更新は、月平均で20ページほど。その量は全体(約2000ページ)の約1%に相当します。つまり、年間では12%になる計算です」
 
松井氏が『MUJIGRAM』で重視したのは、この“改善”のプロセスである。
 
時代が変化すれば、顧客の求めるサービスも店頭に並ぶ商品も変化する。言い換えれば、今ある業務基準が常に完璧で絶対ではない、ということだ。もし、現場の声が反映され改善されるのであれば、スタッフたちは創意工夫への意欲が高まると同時に、『MUJIGRAM』への愛着も感じるようになるだろう。
 
「マニュアルがありながらも、改善に向けてサービスのあり方を常に模索し続けることで、主体的に行動するようになるのです。従業員一人ひとりが創意工夫に満ちた組織となれば、それはやがて自主的な風土を生み出します。こうした動きは、確実に組織と人を変え、サービスの“質”の向上にも直結します」
 
そして一定の基準の存在が、こうした風土づくりの源泉になっていると松井氏は断言する。
 
「能の世界には『型破り』という言葉があります。伝統的な能の“型”を、力のある役者がアレンジしてみせて新たな創造につながっています。創意工夫は、基本の“型”があってこそできるもの。『MUJIGRAM』は、“型破り”を繰り返しながら進化する、“血の通ったマニュアル”なのです」
 

「見える化」「標準化」に改善を加えた「仕組み化」が業務の最適化をもたらす

『MUJIGRAM』の運用に見られる一連のサイクルは、業務の「見える化」「標準化」に、“改善”のプロセスを加えた「仕組み化」と呼ばれるものである。
 
ここで業務の仕組み化について、改めて整理しておきたい。
 
まず、SPRINGでは「現時点において、誰が、いつ、何度やっても、同じ成果を生むシステム」を「仕組み」の定義としている。
 
この定義の中で着目すべきは、“現時点”という言葉だ。この言葉には、「改善やメンテナンスを組み込み、常に進化していく」という意味が含まれているという。言い方を変えれば、“現時点”に合わせ見える化・標準化された業務を随時ブラッシュアップすることで、初めて“仕組み”は成り立つということだ。そして、業務の「仕組み化」とは「仕組み」の成立のために、“改善”という業務のブラッシュアップのプロセスを組み込んだものだといえる。「仕組み化」を取り入れることは、「改善を積み上げにくい」というサービス産業特有の問題の解消につながる。
 
「『MUJIGRAM』の更新」によって、「仕組み化」を成し遂げた良品計画だが、更新が機能的に運用できているのは、『MUJIGRAM』本体、つまり業務基準書の質が高いことも一因といえるだろう。『MUJIGRAM』も今の形になるまでの間に、何度も苦労を重ねた。
 
「今の『MUJIGRAM』ができる前は、本社主導で作成したマニュアルが存在していました。でも、現場の声を徹底できていなかったために、当時は使いづらいという声を多く聞きました。店舗サイドからの提案で、徐々に使いやすいものに変わっていったのです」
 
業務の見える化・標準化に終わりはない。改善された業務基準は、現場に導入されると同時に再び評価・改善の対象となる。その繰り返しこそが、「仕組み化」なのである(図2)。
 
(図2)「仕組み化」の概念図
 

「仕組み化」は企業風土をもたらす取り組み トップの強い意志が不可欠

松井氏は、著書『無印良品は、仕組みが9割』などを通じて、仕組みがもたらすメリットを図3のように挙げる。ここからいえるのは、現場で働くスタッフたちの「マニュアル人間」では終わらない“気づき”こそが、よりよいサービスや組織を生み出す源泉となるということだ。またその“気づき”は、“お客様に対する想い”から生まれることもあるだろう。ひいては、お客様一人ひとりに合ったきめ細やかなサービスが求められる業態にも、業務の仕組み化は有効な手段といえる。
 
(図3)松井氏の考える「仕組み化」のメリット
経験と知恵が蓄積
現場(店舗)で働くスタッフの知恵(ナレッジ)を吸い上げ、蓄積する。組織にとって貴重な財産に。
 
改善を繰り返し組織が進化
標準化された業務の改善を現場主体で繰り返すことで、主体性のある人・組織に変わる。
 
社員教育の効率化
明確な業務基準があることで、上司が部下に効率的に指導できる。
 
理念の統一
共通の目的意識を持って業務に取り組むことで、均質化が図れると同時にスタッフたちの志を一つにすることができる。
 
仕事の本質の見直し
業務を見直す習慣が、ムリ・ムダ・ムラの排除につながる。
 
PDCAの徹底
組織規模でのPDCAが機能し、理念や標準化された業務が浸透する。
松井忠三『無印良品は、仕組みが9割』(2013)をもとに作成      
 
しかし、「仕組み化」は一朝一夕に成し得る性質のものではない。「仕組み化」が機能するには、組織の風通しのよさや徹底した実行力などが求められるからだ。こうした風土の改善にはトップの働きかけが欠かせない。
 
「“仕組み化”は、ある意味新たな企業風土をもたらす取り組みです。そのため、“仕組み化”の妨げとなるような企業体質や社風を変えていく必要があります。それができるのは、やはり経営のトップです。経営者は覚悟を持って、“仕組み化”が社内に完全に浸透するまで、強制力をもって粘り強くやり続けるべきです」
 

サービスの“効率化”と“質の向上”。業務の仕組み化には、背反関係にある2つの両立をかなえる可能性が秘められている。そしてトップの強いリーダーシップが、その実現のカギを握っていることは間違いない。

 

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(profile)
松井忠三 氏 Tadamitsu Matsui
 
 
 
 
 
 
1949年静岡県生まれ。1973年東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、西友ストアー(現・西友)入社。1992年に良品計画へ。総務人事部長、無印良品事業部長を経て、2001年社長、2008年会長に就任。2015年5月には松井オフィスを開設。同社代表取締役社長。SPRING副代表幹事。

主な著書に『無印良品は、仕組みが9割仕事はシンプルにやりなさい』『無印良品の、人の育て方 “いいサラリーマン"は、会社を滅ぼす』(共にKADOKAWA/角川書店刊)、『覚悟さえ決めれば、たいていのことはできる』(サンマーク出版刊)がある。