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開催レポート

2014年4月11日

<2014.3.26開催>業務革新セミナー :「オフィス空間の総合デザイン企業への進化」 コクヨファニチャー株式会社

コクヨファニチャー株式会社 ソリューション企画部研究企画G

シニアデザイナー 一色 俊秀 氏

皆さん、こんにちは。コクヨファニチャーの一色です。私は30数年前入社し、以前はオフィスの設計をやっていました。当時は手書きで図面を書いていました。その後、オフィスの研究に当たりました。現在は、オフィスの運用実態を見ておりますので、今日はぜひ皆さんに良い事例についてご紹介したいと思います。講演の後は、当社ライブオフィスを実際に見学していただきます。さて、紙製品から始まった我々コクヨが、なぜオフィスの総合デザインをするまでに至ったのでしょうか。

 
 
コクヨの概要
現在、コクヨグループは約6300名の社員がおり、そのうち約2000名の外国人社員が海外で勤務しております。コクヨとしては皆さんステーショナリーのほうが強いイメージがあると思いますが、売り上げとしては現在ファニチャーの比率が高くなっております。あとは、オフィスの通販や小売をやっているという構成になります。海外はアジアを中心に展開しています。当社の提供価値(誰のために商品やサービスを提供しているか)は、「働く人・学ぶ人の知的活動の進化に資する価値の提供」です。
 
ここで、コクヨクイズ(二択)をやってみたいと思います。正解した方には、ささやかですがコクヨのグッズをプレゼントします(笑)
 
Q.1 キャンパスノートは何年生まれでしょうか?
   1.1975年 2.1982年
Q.2 コクヨ製品の品番はいくつあるでしょうか?
   1.8万品番 2.12万品番
Q3 コクヨの創業記念日はいつでしょうか?
   1.4月2日 2.10月2日
 
正解は、以下のとおりです。
 
 
Q.1 1.1975年
キャンパスノートが生まれてから39年になります。現在販売しているキャンパスノートは、初代から数えて5代目のデザインです。最近のものは背クロスにも文字を書くことが出来、より軽くて書きやすい紙質の仕様になっています。年間約1億冊、累計で26億冊出荷しています。1冊3.7ミリくらいですが、年間の1億冊を積み上げると、富士山の100倍の高さになります。毎年それくらい売れています。日本人の91%がキャンパスノートを使ったことがあるという統計結果もあります。
 
Q2 2.12万品番
ファニチャーが11万品番、ステーショナリーが1万品番です。
ファニチャーは、カラーやサイズ展開をしている関係で、品番も多いんです。
 
Q3 2.10月2日
コクヨの創業は、1905年(明治38年)10月2日です。和帳(和式帳簿)を使っていた時代、創業者の黒田善太郎が26歳のとき、和帳の表紙製造をおこなう「黒田表紙店」を創業しました。当時誰もやりたがらない仕事があって、それによって世の中の役に立つようであれば、それを仕事にしていこうと思ったそうです。今でもコクヨでは面倒でやっかいな仕事(=カスのような仕事)をすることがDNAとして残っています。1908年くらいには和帳全体をつくるようになりました。その後、時代が筆からペンに変わっていくので書きやすい紙にしなければいけない、頁数も100枚と言ったら100枚使えることがお客様の求めるものだとし、お客様のために何をやったらいいかということをずっと考え続けてやってきました。
また、世の中の動きをみていくと洋式帳簿が出ていくのだろうと創業者は考え、実際に経理をやる人を雇って、自ら洋式帳簿で実践し、納得したものを商品にしていきました。現在でもライブオフィスで社員が働いてみて納得したものを商品として送り出すというやり方が、社内に根付いています。
 
 
コクヨの企業精神
コクヨの社名の由来についてお話ししたいと思います。漢字で書くと、国の誉と書いて「国誉」、これは商標です。国とは日本のことではなく、創業者の故郷・富山のことです。19歳で富山から大阪に出るときに、郷里の誉れになると決意したことに由来します。それが、現在の社名「コクヨ」となりました。そして現在のロゴは全てのつながりを大事にしていることを表すデザインです。
 
創業以降は、コクヨの製品づくりの考え方に共鳴して、「コクヨの製品だけ売ります」というお店が全国に出てきました。普通なら販売店であれば、色々なメーカーの品を売ったほうが売れるのですが、コクヨだけの製品を売るという販売網をつくり、お客様の意見をそこから吸い上げていくようになりました。そして、オフィスに段々と紙が増えると入れるものが必要だろうということで、スチールキャビネットを商品として作り出すことになりました。また、箱をつくるだけでなく、紙を入れた箱を管理するファイリングシステムを付けて販売しました。すると専門代理店から、一緒に置くデスクをつくってくれないかと要望があり、それでデスクや椅子も作り始めましたのです。当時1965年ごろはグレーのデスクが中心でしたが、なぜグレーかと言うと、アメリカ海軍が入ってきて、その海軍が使っている色にしたからです。潜水艦や軍艦の中で執務をしているときに、グレーの刺激がないほうが統制がとりやすいという色彩心理学の例えから入っていったようです。
 
 
 
コクヨのライブオフィスの誕生から現在まで
「ライブオフィス」の誕生は、1969年9月、大阪の新本社竣工にさかのぼります。当時、新本社の自社ビルをつくり、自社の事務用品やオフィス家具を社員が実際に使って働く姿をお客様に見てもらう「生きたショールーム」として公開しました。社員が使っているデスクなどにはすべてに値札がつき、お客様が来たらそれを見ていただけるようにしたそうです。当時の社長が「オフィスは会社の未来をつくる」と言ったそうです。そして「オフィスは畑の土だからね」とよく言われるようになりました。畑はしょっちゅう手を加えていないと、良いもの(企業の製品・サービス)ができないという意味です。
 
そして80年代になると、ニューオフィス運動が始まります。機能的であるだけでなく、快適でなければいけないということで、働く人の生産性を高めるために、部門に合わせた設計を行ってきました。また、時代に応じてよい仕事をするために働き方を変えていく必要があったのですが、お客様に提案する前に自分たちで実践していかないと自信を持って説明できないので、97年にフリーアドレスを導入しました。世の中に普及するかなり前のことです。それまでは部門間で分けていたオフィスのレイアウトを、「ランナー」「ウォーカー」「シッター」という働き方で区分し、設計を変えました。すると良かったことは、組織変更があっても、変化対応に優れているということが明らかになったのです。
 
また2003年頃には、「いつでもどこでも仕事ができるようになってきて、300人単位で完全無線LANで働けるオフィスづくり」に挑戦しました。引っ越し当日は、回線がつながらず大事となり、急遽床にLAN配線を引きました。こんな感じでいろいろ失敗しながら実験しました。そして、どこでもできる仕事に挑戦を重ねていくと、会社に帰ってこなくても仕事をできる社員が増え、社員が会社に戻らなくなってしまったのです。そこで、帰宅したくなるようなオフィス、リビングのように気持ちの良いオフィスを2005年に開発しました。
 
ところが、フリーアドレスを初めて10年、問題になってきたのは、入社してから一度も自席を持たない社員が出てきたことです。フリーアドレスしか知らないと、例えば一緒に仕事をしている先輩に電話対応などを見て注意をされることなどが全くないまま育ってしまうのです。そのため、人材を育てるオフィスをつくっていかなければならないと考え、わざと大テーブルにして先輩が声をかけやすい環境をつくりました。
 
このように、コクヨのライブオフィスの歴史は、「一足先に失敗する」という形でやってきました。自分で課題に先に踏み込んで、やってみて失敗するという繰り返しです。これには、「3つのUP」という考え方を導入しています。まず一つ目は、働いているところをお客様に見てもらうとイメージがUPできること。二つ目は、社内の環境が良くなっていくと、社員の士気もUPしていくこと。三つ目は、施設をつくって実際に使ってみて、良くなったら製品としてUPすること。そういうサイクルでやっているということです。ちなみに「ライブオフィス」というのは、コクヨの商標登録です。「ECIFFO」という販売雑誌もつくりました。働き方の紹介、知的活動の先進事例等を、オフィスの写真を交えて紹介してきました。
 
2007年に環境問題や地球温暖化が社会問題になり、環境への取り組みをこれまで以上に強化しようと打ち出しました。その取り組みの一つとして、2008年度版総合カタログから、環境への配慮が十分ではない自社ブランド商品に、カタログ上でバツ(×)をつける「エコバツマーク」の表示を開始しました。それはお客さまにとって、商品を選んでいただくときの目安になるとともに、地球環境について考えるきっかけになるように、またコクヨ社員にとっては、環境に対する意識づけと問題へのスピーディな対応に繋がるものと考えたのです。そして、にエコバツマークを3年間で全てゼロにして、環境配慮商品を100%にする目標を掲げ、宣言どおり達成しました。
 
さらに実験オフィス「エコライブオフィス品川」を2008年11月に開設。究極なエコは電気を使わないこと。室外で働いてはどうかということも言われ、オフィスにガーデンをつくりました。社員が中にいるとわざと社長が来て一緒に仕事をしたりするので、社員はコートを着て室外で仕事をしたりするようになりました(笑)。そうすると、11月・12月になって、会議で室内だと1時間かかって結論が出たものが、30分で結論が出るようになるという、良いことも起きました。こういうことをすると社員ももっとエコのことを考えなければいけないと意識するようになり、意識改革につながりました。環境をつくることによって、意識を変えていったのです。「環境が変わると行動が変わる、行動が変わると意識が変わる」という好循環で、人の行動を変えることに役立ちました。このように実践で得た経験値をソリューションにしていく手法は、オフィスづくりだけでなく、ビジネスプロセスをアウトソーシングするというサービスにも使っています。
 
オフィス改革で、自分たちにとって働きやすい状況にしたわけですが、現在は自分たちのためだけでなく、周りとつながっていくことで自分の働き方を変えなければいけないと課題を感じています。霞が関オフィスのコンセプトは「深輪・広縁(しんりんこうえん)」です。周囲とのつながりをもっと増やそうという目的が込められています。最近は、自社だけでは新しい発想が出てこないことが多いので、外部との縁も広くして、外部の血を入れていきましょうというふうにしています。オフィスの中も、社員が使う場所でなく、「お客様と社員が使う場所」という捉え方をしています。外部の人が来て、社員と一緒にワークショップをしたり、つながりができる場の創出をしたりと、活動しています。そして、「深輪と広縁で企業のパワーを高めていきましょう」と空間づくりをしています。
 
また、現在社内では「改善委員」という活動もやっています。各部門の窓口が意見を集約して、得意分野を別とする人間で委員会をつくりました。毎月10個ずつ改善を達成させようと、「よくなっテン(10)」という大阪弁から生まれたキャッチフレーズで進めています。改善策については、ビジネスプロセスアウトソーシングサービスにも活かしています。「知的活動の進化に資する」ことが根底にありますので、様々な働き方を我々が実践していって、「こうしたらいいのではないか」ということを繰り返し生み出しているのです。
 
 
さいごに
紙製品メーカーとして出発した当社から、カスの商売=誰もやりたがらないめんどうな商売に挑戦してきたわけですが、良品を廉価に提供できるように、努力を重ねています。また、お客様の現場の声に対してできる限りの対応を実践してきたことで、今のコクヨがあります。ですから、決して「紙しかやりません」という発想ではないということに企業活動の中心があるということが、重要なのかと思います。
 
若い社員に自由に挑戦させてくれる社風も特徴的だと思います。私自身も、社長や役員に「オフィスは畑の土なんだよ」ということも直接聞いたりして、やってきました。働く人と学ぶ人のために、自分たちが何ができるかなと、自らが学びながら仕事をできる(人を育てる)環境が、わが社にはあるのです。
 
ご清聴、ありがとうございました。
 
(以上)
 
 
 
一色 俊秀 氏・談 
製造業のサービス化セミナー(2014年3月26日開催) 講演録
 
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コクヨ株式会社の詳細は、下記公式HPをご覧ください!